一人一人の知覚と思考がより求められる時代でどう知性を磨くか?
(一見すれば)非連続の出来事が起きて、あっという間に世界が変わる。
例えば、コロナ騒動がそうだし、東日本大震災などの大規模な天災もそうだろうし、他にもそういった突如これまでのやってきたことが通用しなくなることがある。
そんな時でも手詰まりにならずに、対応できて、進み続けられるにはどうすればいいのか?
誰にも未来はわからないし、結果は見えない。
だからこそ、「いま」やることが大切になってくる。
『手詰まりを起こさない為の目標設定』
まずはどんな未来を作りたいのか?
その意思をもって目標=ビジョンを定めなくてはいけない。
そのビジョンと現状にどれだけのギャップがあるのかを埋めていくことが、起こした変化であり、仕事となる。
では、どうすればビジョンを定められるのか?
ギャップを埋められるのか?
意思を持てるのか?
それは様々な体験によって得られる知性であり、思考であり、磨かれた知覚である。
私たちが知覚できるもの、つまりは認識できるものは、その価値を理解しているものだけである。
例えば寿司屋でヒラゴイワシを〆た握りが出てきても、その価値を理解できる人はほぼほぼいないので、そのまま普通に食べてしまう。
しかし、その価値を理解している人なら、驚き、その仕事の困難さや手間暇を知覚することができる。
思考とは知覚でインプットしたことをアウトプットに繋げることである。
磨かれた知覚も思考も全ては経験から生み出されていくもの。
なので、結局は基礎知識を身につけるために様々な体験をする他にないのだ。
本を読む。人に会う。旅をする。
手を動かして、足を動かして、頭を働かせる。
知覚したものを言葉や絵などで表現して、多面的に捉え直し、so whatを繰り返す。
そういったことすらしない・できない大人だらけ。
ならば、そういったことができる環境を作らないと変わることはない。
本来は子ども心で誰しもが知覚を磨き、思考を鍛えていたのだが、どこかでそれを失ってしまう。
やっぱりそこに根本的な課題があるんだろうな〜。