「自分は何をしたいのかわからない」はなぜ起きるのか?
「何がしたいかわからないんですよね」
ある契約社員が、残り契約期間1年というところで言った台詞だった。
転職するにしても、次に何の仕事をしたいのか自分でもよくわからない。そういう状況の人はよく出会う。
なぜ人は何がしたいかわからなくなるのだろうか?
とある芸術家はそんな相談に対して、こんな風に言い返していた。
「それはただの勉強不足」だと。
なるほど。確かにその通りだ。
判断基準が無いからどうすればいいのかわからなくなる。つまりは圧倒的な経験不足なのだ。
例えば、いきなりコハダの寿司を握ってみろと言われても私は握れない。どうすればコハダの仕込みができるのかすらわからない。まず何をすればいいのかもわからない。
それは全くもって寿司を握った経験が無いからだ。
「何をしたいのかわからない」はこれに似ている。
色んな事を経験してみれば、まず「あぁ、これはやりたくねーな」って事がどんどん増えてくる。そして、たまに「お!これ面白い」とか「お!これ得意」といったものに出会う。
そうすればもう自分のしたいこと、出来ることは見つかっている。
ただ、仕事でいうのであれば、お金を稼がないといけないので、「価値提供ができるもの」でないといけない。
では、価値提供できるものに出会うにはどうしたらいいのか?
人生の時間は短いので、なるべく早くそれに出会いたい。
なるべく早く価値提供できるものに出会うには、手詰まりにならない準備をしておけばいい。
前にも書いたが、手詰まりを起こさない為には、知覚と思考、知性が必要だ。
知覚は認識=インプット力。人は知覚できるものは自身にある知識、体験からでしかない。人は言葉や知覚や体験でしか世界を認識できないからだ。味なら、なにもわからなければ「美味しい」だが、五味を知れば「旨味が濃くて美味しい」とかになる。認識が変わっているのだ。
思考はインプットをアウトプットに繋げる能力。
知性はアウトプットだと考えられる。
つまり、知性の根っこの方には基礎知識や体験がある。まぁ、色んなことを学んで、色んな体験をして知性を磨いておけば手詰まりは起こさなくなる。(それだけではダメだけど、今は端折っておく)
これでは結局は「色んなことを学んで経験しろ」ってことなので、時間がかかってしまう。
これを急速に時短するには3つしかない。
1つは、本を読む。
1つは、人に会う。
1つは、旅に出る。
できれば幼い頃からこういった経験をすることをお薦めする。
そうすれば「自分は何かしたいか」は見つかりやすいだろう。